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改竄は犯罪か…『犯罪王ポポネポ』のタイトルの回文がすごい!

『犯罪王ポポネポ』は小路啓之さん著のクライム×ギャグ漫画です。4巻完結。


ある善良な少年「マルキ」が陰謀に巻き込まれ、凶悪犯も怖がる犯罪王「ポポネポ」と間違われて逮捕されます。そして海上刑務所に収監され、そこで囚人達と暮らすことになる…というのが物語の導入です。


登場人物達は良くも悪くも歪んでいます。犯罪が日常にあり、犯罪を犯すことに罪の意識もない、そんなフラットさを感じる描き方が特徴です。


「それは嫌だろう!」なシーンも淡々と描かれるので、善悪とは何かがよく分からなくなります。けれども、そんな描き方でしか表現できないようなブラックユーモアが抜群のセンスを持っていて、それがすごく癖になります。



各話のタイトルは回文(前から読んでも後ろから読んでも同じような文)になっているのも特徴です。例えば第1話のタイトルは「改竄は犯罪か(かいざんははんざいか)」。思わず見とれてしまうセンスですよねー。


そんなタイトルを一覧にまとめました。中には「んー?」というものもありますが、犯罪系縛りの語で28話分もの文を作れる創造性がすごいです。


回文タイトル一覧

タイトル
1巻 #1 改竄は犯罪か?
1巻 #2 たかり屋のやり方
1巻 #3 嘘うとましく島逃走
1巻 #4 快楽殺人近日差くらいか?
1巻 #5 泣く強姦魔我慢か?動くな!
1巻 #6 淫行ナウ婚意
1巻 #7 近日殺人鬼
2巻 #8 殺人?真実さ!
2巻 #9 ほい、逮捕
2巻 #10 うっ!強盗の統合?
2巻 #11 う!ボム無謀
2巻 #12 レター爆弾抱く、バータレ!
2巻 #13 苦、被害者悔しいが、引く
2巻 #14 囚人暗示悠々死
3巻 #15 拷問も雨後
3巻 #16 告白吐く子
3巻 #17 解決策毒殺経過
3巻 #18 こんまい漫湖
3巻 #19 イザ!撃つん?姦通罪!
3巻 #20 戻す原爆悪!バン!下衆ども!!
3巻 #21 脱獄覚悟っだ!
4巻 #22 裏切り、罵詈、嫌う
4巻 #23 へ?沈没いつ盆地へ
4巻 #24 痛!自殺咄嗟辞退
4巻 #25 脅迫悪這う予期
4巻 #26 勝つ差し歯の場刺殺か?
4巻 #27 い、正義詐欺異性
4巻 #最終話 とまと


最終話、とまとて …

奇妙な論理好きにおすすめ!小林泰三先生の名作小説30選

小林泰三先生はホラー、SF、ミステリーとさまざまなジャンルの小説を書いています。ジャンルは違っていても、共通して「論理展開」が大きな魅力としてあります。受け入れ難い仮説をさも真実であるかのように説得させられる…そんな論理展開力が癖になります。


ホラーであれば奇妙な論理が展開されて徐々に追い詰められる怖さを体感できます。SFであれば科学と論理に基づいた素敵な世界に魅了されます。そして、ミステリーであれば強力な論理的思考で真相にたどり着きます。


そんな論理展開が魅力的な小林泰三先生の小説を30冊紹介します。ホラー、SF、ミステリーに区分して、それぞれ10選ずつ紹介します。*1


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  • ホラー
    • 玩具修理者
    • 人獣細工
    • 肉食屋敷
    • 家に棲むもの
    • 脳髄工場
    • 忌憶
    • 臓物大展覧会
    • セピア色の凄惨
    • 百舌鳥魔先生のアトリエ
    • 惨劇アルバム
  • SF
    • AΩ 超空想科学怪奇譚
    • 海を見る人
    • ネフィリム 超吸血幻想譚
    • 天体の回転について
    • 天獄と地国
    • 人造救世主
    • 人造救世主 ギニー・ピッグス
    • 人造救世主 アドルフ・クローン
    • 見晴らしのいい密室
    • 失われた過去と未来の犯罪
  • ミステリー
    • 密室・殺人
    • 大きな森の小さな密室
    • 完全・犯罪
    • アリス殺し
    • クララ殺し
    • 幸せスイッチ
    • 記憶破断者
    • 安楽探偵
    • わざわざゾンビを殺す人間なんていない。
    • 因業探偵~新藤礼都の事件簿~
  • まとめ

*1:ジャンルが混ざっている小説もあるため厳密な区分けではないです。個人的な整理の結果です。

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『家に棲むもの』身近に得体の知れないものがいる恐怖感

当たり前だと思っているものは、実は怖いものかもしれない。


身近にいる存在が実は得体の知れない存在だと分かる…そんな物語のある小説が小林泰三さんの『家に棲むもの』です。7編の短編集です。


人間は「見たくないものを見られなくするフィルター」を無意識に作れる生物だと思います。世の中は不都合な真実が溢れているので、そんなフィルターがないと生活ができないんじゃないかと思います。


何かしらの不都合な事実を見たくないためにフィルターができる。しかし、忘れた頃にその不都合な事実が呼び起こされる場合もある。その現場に立ち会ったとき、果たして発狂せずにいられるだろうか。


今まで見ないようにしてきたことが明らかになる恐さ…『家に棲むもの』はそんな恐怖が感じられる小説です。




以下、短編のあらすじと感想です。

家に棲むもの

父「武夫(たけお)」、母「文子(ふみこ)」、娘「ひかり」、夫の祖母「芳(よし)」の家族が武夫の実家で一緒に暮らし始めます。しかし、文子はその実家に異様な雰囲気を感じます…


誰かが部屋にいるような、そんな怖さってありますよね。怖い何かは実際にいるんだけれども、脳はそれを認めたくなくてフィルターしているだけなのかもしれないです。気づかなければ、幸せなままなんですが…

食性

かつて付き合っていた肉食の「易子(やすこ)」、現在の妻である菜食主義の「連子(れんこ)」。主人公は連子の主義に従って肉食を避けていたが、どうしても耐えられなくなり…


生命は生き物を食べる連鎖で成り立っています。そう考えると、食べるという行為は神聖であり、その行為によって何かが救われる気がします。食性を認めて受け入れる話です。

五人目の告白

とあるノートに「一人目の告白」から「四人目の告白」が記述されています。それらの告白内容はどれも殺人を漂わせる内容です。そして、「五人目の告白」はタイトルだけが書かれており…


与えられた環境とノートの情報を頼りに殺人の真実が暴かれるのですが、その推理の過程がすごく面白いです。論理的思考の実践例を見ているような話です。

「白井郁美(しらいいくみ)」は助教授の「丸鋸遁吉(まるのことんきち)」の助手として遺伝子工学の研究をしています。丸鋸遁吉先生は家畜の遺伝子組み換えが専門なわけで…


遺伝子を組み替えて1匹の家畜から多くの肉が採れるようにする、そんな研究はどこかで行われていると思います。その家畜がどんな肉付きになっているかを想像すると、たいていの人は食欲がなくなりそうですよね。

森の中の少女

ある村に「母」「兄」そして「少女」が住んでいます。村と森の境界を超えた先には恐ろしいものが住んでいると「母」は「少女」に諭しますが、「少女」は過去の記憶が気になって森の境界に近づきます…


童話「赤ずきん」を彷彿とさせる話です。恐ろしいものの正体がうまくベールに包まれているような、もしくは森と獣が持つ不安さが漂うような、そんな不可思議な世界観が素敵です。

魔女の家

子供の頃に魔女の家に行ったことがある、そんな内容の日記をある男性が読み返します。おそらくは男性が自分で書いた日記ですが、男性にはその記憶がなく…


幼い頃の記憶は、曖昧で、そしてよくよく考えると奇妙なものもあったりします。そんな奇妙な記憶を言及して日常が崩れていく過程が読んでいて面白いところです。

お祖父ちゃんの絵

お祖母ちゃんが舞ちゃんに「お祖父ちゃんの描かれた絵」の思い出を語ります。昔、お祖母ちゃんは絵のモデルを探し、道を歩いている途中で祖父ちゃんと出会います。お祖母ちゃんは祖父ちゃんをモデルとして絵を描き始め…


自分自身が異常であるということを本能から理解できていないこと、それが狂気のひとつの要素だと思います。ただただ狂気が怖い…「お祖父ちゃんの絵」はそんな話です。

『クララ殺し』登場人物達の繋がりが見破れそうで見破れない

異なる世界を行き来するファンタジー・ミステリー小説が小林泰三さんの『クララ殺し』です。『アリス殺し』の姉妹編です。


『アリス殺し』はルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」を題材にした世界が登場しましたが、『クララ殺し』はE・T・A・ホフマンの小説「くるみ割り人形とねずみの王様」等が題材となった世界が登場します。


物語は「不思議の国のアリス」の世界にいたビルが「ホフマン宇宙」の世界に迷い込む描写で始まります。そして、その世界でビルはクララという少女と出会います。クララは殺人予告が書かれた手紙を受け取っており、その手紙を書いた犯人をビルが調査します。


「ホフマン宇宙」と「地球」の世界が物語の舞台です。設定を大まかにいうと次の通りです。

  • ホフマン宇宙の登場人物は地球の誰かのアーヴァタール(化身)
  • ホフマン宇宙の「ビル」は地球の「井森建」のアーヴァタール
  • ホフマン宇宙で登場人物が死ぬと地球のアーヴァタールも死ぬ
  • 地球でアーヴァタールが死んだとしても、ホフマン宇宙の登場人物は死なない


ホフマン宇宙と地球を行ったり来たりしながら物語は進みます。クララの殺人予告の謎を解く鍵は、ホフマン宇宙の登場人物と地球のアーヴァタールとがどのように対応しているか、にあるのですが、その対応を明らかにしていく過程がすごくおもしろいです。


「ホフマン宇宙のこの登場人物は地球のこの人なんじゃないか?」と推理しながら読んでいくんですが、ことごとく外れます。見破れそうで見破れない!『クララ殺し』は高レベルの論理的思考力が試される小説だと思います。



以下は主要な登場人物の元ネタ(出自)のまとめです。

ホフマン宇宙の登場人物と元ネタ

ホフマン宇宙の登場人物達と、その登場人物が登場するE・T・A・ホフマンの小説(関連作品含む)の対応表です。※ビルだけはルイス・キャロルの作品です。

登場人物 元ネタ
ビル 不思議の国のアリス
クララ くるみ割り人形(バレエ) or 砂男
ドロッセルマイアー くるみ割り人形とねずみの王様
スパランツァーニ教授 砂男
ナターナエル 砂男
オリンピア 砂男
コッペリウス 砂男
マリー くるみ割り人形とねずみの王様
ピルリパート くるみ割り人形とねずみの王様
ゼルペンティーナ 黄金の壺
マドモワゼル・ド・スキュデリ マドモワゼル・ド・スキュデリ

地球の登場人物の元ネタ

地球の登場人物達と、その登場人物が登場する小林泰三さんの小説の対応表です。複数の作品に登場する人物もいますが、表中では代表的な作品を記載。

登場人物 元ネタ
井森建 アリス殺し
露天くらら (なし)
ドロッセルマイアー (なし)
諸星隼人 AΩ 超空想科学怪奇譚
新藤礼都 密室・殺人
岡崎徳三郎 密室・殺人


井森建が登場する小説
minor.hatenablog.com


諸星隼人が登場する小説
minor.hatenablog.com


新藤礼都と岡崎徳三郎が登場する小説
minor.hatenablog.com
minor.hatenablog.com


新藤礼都が登場するその他小説
minor.hatenablog.com


岡崎徳三郎が登場するその他小説
minor.hatenablog.com
minor.hatenablog.com

『兎が二匹』不老不死の寂しさ描写がつらい…つらすぎる…

胸が張り裂けそうになる具合、すごい…


不老不死系の漫画を今までいくつか読んできましたけど、山うたさんの漫画『兎が二匹』は胸が張り裂けそうになる具合が群を抜いて一番ですね。。こんなにも不老不死系のせつない漫画があっただろうか?


不老不死の女性「稲葉すず(いなばすず)」
すずと同居している青年「宇佐美咲郎(うさみさくろう)」


すずは(ある理由により)咲郎に自分の自殺を手伝わせており、それが日課となっている描写で第1話が始まります。この第1話では、すずがある方法で死のうとして取り返しのつかない結果をもたらします。第2話からは回想が始まり、そして途中で第1話につながります。


不老不死というと、死ねないので、自分と親しい人が次々にこの世から去っていくという悲しさを描くことが多いと思います。けれども、不老不死は非現実感が強いので、今まで読んできた不老不死系キャラクターには感情移入がしにくい傾向にありました。


『兎が二匹』は登場人物の人間味が強く表れている、という特徴があります。不老不死のすずは、広島弁を話し、咲郎のためにご飯を作り、笑い、泣き…そんなわけで、知らぬうちにすごく感情移入してしまっていました。


そして、感情移入度が深くなった分、ラストの衝撃も強く受けるわけで…


兎は「寂しいと死ぬ」と言われている動物です。第1話のタイトルは「兎が二匹」、そして最終話のタイトルは「兎が一匹」…家で一人静かに読むの推奨です。


兎が二匹 1巻 (バンチコミックス)

兎が二匹 1巻 (バンチコミックス)


起承転結というよりも転起承結の構成となっているのも特徴的です。すずと咲郎に焦点を当てた時系列に直すと次のようになると思います。

  • 起:第2話
  • 承:第3話〜第7話前半
  • 転:第1話
  • 結:第7話後半〜第9話(最終話)


第1話を読んだだけだとすずと咲郎の関係がよく分からず「ん?」となるんですが、第2話からずっと読んでいくと咲郎に自殺を手伝わせている理由が深く分かって心を鷲掴みにされます。そんな状態で最終話へと向かうもんだからぐはぁってなりますよ、ええ。


人がたとえ不老不死になったとしても、もとは人なので寂しさを制御することは難しいんだろうなと思います。『兎が二匹』はそれを痛烈に感じた漫画でした。